猫が好き、というだけの話
ズバリ、猫が好き。
この一文だけで話が終わってしまいそうですが、それでは少しもったいないので、
もう少しだけ掘り下げて書いてみようと思う。
祖父母の家では、昔から猫を飼っており、品種はアメリカンショートヘア。
いわゆる「よく見かける猫」で、特別に珍しいわけでも、派手な模様があるわけでもない。
年末年始に祖父母の家へお邪魔すると、彼はいつも定位置にいる。
布団の近くだったり、日当たりのいい窓際だったり。
僕との距離は、常に一定、近づいてこない。
だから触れたことも、ほとんどない。

理由は二つ。
ひとつは、彼(猫)が臆病で、なおかつ驚くほど攻撃的な性格だったこと。
もうひとつは、僕自身が軽度な猫アレルギーを持っていること。
無理に距離を縮める理由もなく、自然と「見るだけの存在」になっている。
嫌われないように、刺激しないように、ただ同じ空間にいる。
そんな関係性。
カメラを持ったことで変わった関係
ところが、ある年の年末。
カメラを購入してから初めて、祖父母の家を訪れたときのこと。
僕の心持ちは、妙な高揚感。。
理由は単純。
近づかなくても、触れなくても、より高画質で、よりクリアに、猫を見ることができたから。
こちらの存在を意識しつつも、一定の距離が保たれているためか、リラックスした表情をのぞかせる。
お互いに干渉しすぎない、ちょうどいい関係。
画面の向こう側でしか愛せない、
二次元的なアイドルのような猫様。
ただそれでも、カメラ初心者の僕のとっては、シャッターを切るのは意外と簡単ではなかった。
猫は、最高のトレーナーだった
一定の距離感だったので、意識はしていませんでしたが、意外と猫は、動きまくる。
予測不能なタイミングで立ち上がり、歩き、跳ね、視界から消える。
さっきまでそこにいたはずなのに、次の瞬間にはもういない。
それまでの僕は、カメラで、動かない景色や、風に揺れる花ばかりを撮っていた。
いわゆる、時間をかけて構図を考え、じっくり待つ撮影スタイル。
そんな初心者にとって、猫はまるで別世界の被写体。
待ってくれない。
思い通りにならない。
こちらの都合など、一切考慮してくれない。

とてもいいトレーニング。
撮影目的は明確で、
被写体は常に表情やしぐさが豊か。
一瞬ごとに違う顔を見せてくれるため、
「今」を逃すと、二度と同じ写真は撮れない。
「カメラを買ってよかった」と実感した日であり、
たった一日で、かなり鍛えてもらった感覚がある。
ピント合わせ、構図、シャッタースピード。
すべてが実践的で、すべてが即結果に表れる。
猫は、最高に厳しく、最高に優しいトレーナー。
動物を撮る、という選択
この体験が、僕にとって
「動物写真は楽しい」という原点、始まり。
そして、この日を境に、
野生の動物を探す、はたまた小学生ぶりに動物園に行ってみる?と決意した日。
次回の記事では、長野県の秘境、温泉に浸かる日本猿に迫る!!について書いていきたいと思う。乞うご期待!

